父が徘徊をはじめたのはちょうど80歳になった頃でした。母から続けて電話。「お父さんがまだ帰って来ない」。はじめのうちは身体も丈夫だしいつもの様に散歩にでも行ってるんじゃないの、と軽くいなしていたものの、日がたつごとに頻繁になってきてさすがに心配になり、母と二人で探す日々が始まりました。

 

父の居場所は様々でした。ある時は実家の近くの公園。ある時は商店街の中。たいていが夕方で食事を終えた後でした。

 

「今日はまだ大丈夫?」「まだ大丈夫」。毎日会社を出るとまず母に確認の電話。「まさかヒモで縛っておくわけにもいかないしね」。少し母も慣れてきたのか冗談も出るようになった矢先「ダメだわ。いつもの場所を回っても今日はどこにもいないわ」と母から電話。「何か思い当るふしはない?」「うん、さっきテレビで四国の愛媛の特集やっているのを見てたわ」。父は愛媛生まれ。事あるごとに素晴らしい自然に包まれた自分の故郷を自慢げに語っていました。そしていつか愛媛に帰りたいなとも。「母さん、フェリー乗り場に行ってみるよ」。会社からフェリー乗り場まではタクシーならすぐの距離。一か八かで神戸港へ。

 

父が立っていました。キラキラ輝く夕暮れの海原を前にして、ぼーっと遠くを眺めていました。「父さん、近いうちに愛媛に行こう。そしていっぱい父さんの生まれ故郷を巡ろう。友達や親戚に会おう。だから、それまでは家に居ような、ちゃんとな」そう言うと父は子供の様な笑顔を浮かべて何度も何度も頷きました。